令和3年8月 岡山稽古感想文
令和三年初春から、ずっと。
迷っていた。
そして、
走っていた。
苦しい。
うまく息継ぎができない。
走っているから、なお苦しい。
コロナウィルス禍によって、稽古が減った。
水戸も、茨大も。
土浦も、東京も、岡山も行けなくなった。
不十分による不遇。
不遇による不満足。
ほぼほぼ毎日、朝・昼・夜の稽古をしてきた者にとって、稽古が少なくなることは、息が苦しくなる。
少しずつ、鬱屈が溜まる。
行き違いも生まれる。
こんなことを言いたくなかったのに。
したくなかったのに。
職場で、うまく立ち回ろうとして、職員間の軋轢が生まれた。
苦言をしたことが、小言を生み、より不満が膨らんだ。
うまくいかないことを、家族にも当たったようだ。
筋違いの強い言葉は、いさかいを生む。
喧嘩にもなった。
くさくさした。
土曜日の夕方の稽古をやめて、書道を始めたことが。
大先生も書をやっていたので、やる意義を感じていたが、合氣道のかかわりを少なくした。
4月から岩間(茨城支部道場)に行き始めたことが。
新たな刺激となって、新たな学び場を選んだことが、
茨大から距離をとって、逃げだったのかと、考えた。
逆に、省かれているのかとも、考えた。
負の連鎖の思考が続いた。
苦しかった。
苦しみから解放されたい。
解放する方法は、わかっている。
岡山だ。
内田先生だ。
何度も、岡山で、内田先生に助けられた。
行く道を示してくれた。
でも、なかなか行けない。
4月も、5月も、6月も、7月も、コロナウィルス禍が、阻んだ。
ようやく。
8月、ようやく岡山に行った。
たった2日だが。
しかし、
満足した。
技が違った。
深まっていた。
一つ。
剣対杖、直払い。
半身のままで。
蹴りや踏ん張りをしない無足で。
正中を保ったままで。
一直線に。
足捌きができる。
一直線の足捌きは、一教の脇腹を蹴る動きと同一。
方向が変わっても、同じ。
足の入れ替えも、同じ。
体の変更も、同じになる。
無敵の足技。
二つ。
臂力の養成。
昭和13年発刊の大先生著、「武道」の50の技の紹介の最終頁ある。
49番目、
臂力ノ養成、後述ス。
つまり、臂力という力はある。
もちろん、筋力ではない。
呼吸力でもない。
合わせでもない。
合気でもない。
大先生が、呼称した、特別な力。
臂とは、慧可断臂の臂。
慧可は、達磨に認めてもらうため、自ら左の前腕を切った。
前腕の力。
橈骨、尺骨、合わせて臂骨の力。
なんだろうか。
口述すとあり、説明はない。
だから、挑む価値がある。
諸手取り呼吸法が、臂力の養成であると、師匠は仰った。
一番に稽古している技が、一番に近づく方法。
強く掴むことも、強く掴まれて捌くことが、大切。
稽古方法の意識を持つ。
技は、もちろんうまくなる。
養成とは、鍛錬を経て、新たな段階になること。
臂力は、新たな力。
目指す方向を示された。
他にも、四つ足理論。四つ手理論。
いろいろ、教わった。
ご飯も、おいしくいただいた。
猪肉の焼肉、自家製野菜のパスタ、うまかった。
それと、
一番、欲しかったものをいただいた。
これ以上、努力しなくても良い。
一所懸命、頑張ることも、響かないところまでいけば、違うアプローチをしなくてならない。
つまり、ほかに任す。
中心が偏れば、ひずみを生じる。
中心にあるから、適度な関係を保てる。
互いに、周囲も輝ける。
周囲が互い互いに輝き、助け合える。
一個の体も、一個の気持ちも、宇宙全体も同じ。
開かれた。
やはり、岡山は運気向上のパワースポットだ。
「引っ越し祝い、道場でやるから。」
「お前、結構愛されてるよ。」
くさっているのは、省かれているのは、誤りと明快に気づかせてくれた。
昨年10月に、伊勢に参拝した。
4月に家購入すると決意したら、翌日家を妻が見つけて、翌々日購入が決まった。
不思議なくらいに、コロコロ順調に進んで、5月に登記完了した。
引っ越しは、すべて8月に終了した。
7月には、オリンピックに合わせて、日の丸を掲げた。
神様の導き、御計らい。
惟神(かんながら)。
合氣道は随神の道。
進む力を分けてもらった。
10月、毎年開催、24回目の合同稽古が岡山である。
行こう。学ぼう。新たな自分に会おう。
みんな、笑顔になれる。希望がもてる。
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